1. 心、ほぐしていこう?

    大学を卒業してから、バイトをしたり遊んだり制作したりとふらふらボウフラみたいな日々が続いていましたが、今年、東京藝術大学大学院映像研究科の試験を受けました。


    今回は、初めての大学院入試の時のお話です。
    これから試験を受ける方にも参考にして頂きたいので、少し真面目な話になるかもしれませんが‥ご了承下さい。










    ~院試の朝~




    試験に関しては特に何も準備はしていなかったが、英語版Wikipediaを和訳することだけは毎日続けていました。


    やれることをやろう。


     深呼吸をし、
    玄関のドアを開け、階段を降りた。






    一月
    キン、と冷たい空気が張り詰めた
    冬の日である。





    マンションの階段をゆっくり降り、駅に向かって歩く。









    つるっ



    すぐに転んだ。



    その日は2.3日前に雪が降り、近所の人が誰も雪かきをせず、積もった雪をそのまま踏みしめるので、家から半径1キロくらいの道路は、天然のスケートリンクのようになっていたのだ。


    試験の日に転ぶとは。不吉な‥





    大丈夫、と自分を励まし、駅に着いた。

    西武新宿線で高田馬場まで行き、山の手線に乗り換えて渋谷で降り、ふと気づいた。






    あれ‥


    携帯が‥ない‥


    高田馬場のホームでは、スイーツを蹴って姫が敵を倒すゲームのレベルを上げるのに必死だったため、確実にあったはずだが‥


    新宿あたりで混み合い、もみくちゃっちゃになっているときに落ちてしまったのであろうか


    電車は遅延だってよくあるしそもそも今日わたし時計忘れたから時間だってわからないし…




    しばらくがさごそと鞄の中をかき回し探してみたが、見当たらないので諦めて東横線のホームに向かい、元町中華街行きの電車に飛び乗った。


    焦りすぎてめちゃくちゃ汗をかき、喉も乾いたので、朝コンビニで買った2リットルのペットボトルのお茶をカバンから出し、フタを開けた。そしたら汗をかいていたからか手が滑り、フタがペシュポーンっ!コロコロ~ンと、飛んでいってしまった。




    車内はけっこう混み合い、大学生っぽい女の子達の足元に落ちて見えなくなった。




    やっべぇぇぇ…




    なんとかして拾おうと試みたが、女子のスカートを覗こうとしている変わりもんの女子みたいな動きにどうしてもなってしまう。






    拾えねぇぇぇぇでやんすっよぉっっ!!はぁはぁ




    平静を装おうとしたが、電車は揺れるのでお茶はこぼれそうになるしカバンにも入れれないし、けっこう混み合ってるしどうにかしないと二次災害が起こる…どうする自分…落ち着いてよく考えるんだ…ハァっ







    さあ‥どうする‥















    これ、全部、飲むしかないわ。














    最もシンプルかつすぐできて、誰にも迷惑のかからない解決方法だ。





    そして私は、飲んで飲んで飲みまくった。渋谷から馬車道までは40分ほどかかるが、その間ずっと飲み続けた。電車の中でOL達がレーザーってすごいよね?って話してる間も飲み続けた。脱毛もできて視力も回復できるなんてすごすぎるって話してる間も確かにすごいっすよレーザーってなんなんすかまじレーザーポインタ小学校に持ってくだけで犯罪者扱いっすよ!中1の時の数学教師伊藤寿夫は怒ると「強く触りますよ」っていうのが口癖で本当に強く触られるんすよっゴポォッ…などと昔の思い出に浸り半泣きしながら飲み続け、なんとか馬車道に着く頃には見事に茶2リットルを飲み干していた。

    お腹がジャボジャボでよくない気もしたが、携帯も無く、時間もわからないのでとりあえず急いで試験会場である大学院に向かった。



    受験生が集まっている部屋に入り、あれ‥今年…倍率上がってる‥?とドギマギしながらも試験部屋に入ると、試験官の椅子には見たことのある人物が座っていた。





    …村上さんだ…



    村上さんは、大学時代、ゼミの担当教諭だったオガさんやサイトウさんなどのIAMAS時代の同期であり、数年前に一度大学院の案内を個別にしてもらったのだが、その際に夜開催される飲み会に親切に誘って頂いたにも関わらず途中で私の携帯の充電が切れてしまい、連絡もとれずに勝手にぶっちしてしまったという気まづい過去があるのだ…
    もう、忘れていますように…と合格祈願守りに願い、試験が開始された。




    カッチ  コッチ




    誰かの持ってきた置き時計の音を聞きながら、あと何分だよ…と思っていた時だ。




    隣で受験していた男がいきなりがばっと身を伏せ、大胆に寝始めた。





    えっ…もう…できたの…?



    東京藝大受けにくる人ってやっぱみんなWikipediaのごとく映像史暗記してたり歌うたいながら右手と左手で乱太郎としんべぇの顔とか描ける人ばかりっすか…?つかあと何分だこらこちとらぜんぜんわかんねぇっすよ。はっきりわかんのはくじらって作品が確かアレクサンダー・ペトロフとかゆうじいさんの作った作品だってことくらいしかわかんねぇっすよまじころすぞぼけが…っ!(後日、くじらは大藤伸朗氏の作品だと知る)


    とかなんとか奮闘しているうちに、予想はしていたものの2リットル分の茶が腹の中で龍が如くのたうってきた。


    試験終盤の英語の問題を解きはじめた頃
    案の定私のお腹はピテカントロプス状態であった。ピテカントロプスがなんなのかよく知らんがふさわしい擬態語があるとしたらゴリゴリ超ヘビー級のピテカントロプス状態だったわけだ。時間もわかんないし隣の男は寝てるし試験監督は村上さんだしピテカントロプスだしまじで試験とかどうでもいいから‥


    早くトイレ行きたい…







    試験が終わり、すぐさまトイレに駆け込んだ。私が用を足していると女の子達が笑いながら数人入ってきて、カチッと電気を消して出て行った。真っ暗になったトイレの中、手さぐりでトイレットペーパーをまさぐり、虚しい気持ちでトイレを出た。




    とりあえず午後の試験まで時間があったので、駅に行って携帯の紛失届けを出し、どこか時計が売っていそうな店をキョロキョロ探していた。





    かなりきょどってるときに佐藤さん(と、隣にはロン毛の男。二人とも受験しにきている。)が現れた。



    あれ?ゆきさん~


    と愛想よく話しかけてくれたにもかかわらず、

    今から!ジャスコに!時計を!買いにいくんだ!がんばろうね!とかわけわかんないことわめいてすぐに別れた。(そもそもジャスコなぞ無い。)



    ジャスコは無かったが、ワールドポーターズというイオン系列っぽい店を見つけたので入った。

    二階のファンシーな雑貨屋でミニーマウスの腕時計が1000円くらいで売っていたので、急いで買い、ソフトバンクへ向かった。


    携帯を紛失したことを伝え、店にあるiPhonかなんかで、“iPhoneを探す”アプリが使えないかを聞くと、店員(30代男性)は想像以上に慌て初め、まず、すぐに停めた方がいいですよ!と言ってきた。


    私 :え…、停めても探すアプリって使えるんですか…?


    店員:もちろん使えます!でもまず、停めていただかないと!危ないですから!

    と言われ、半信半疑だったがかなり念を押されたので、その場で停めてもらった。



    そして、案の定、アプリは使えなくなった。



    ソフトバンクの店員も、よく知らなかったらしく
    あれ‥?おっ‥かしぃですね‥?
    と慌てはじめた。頼りないな~!と思いながらももうボロボロに割れまくったiPhoneだったし半ば諦めて、午後の試験があと10分で始まるので、もういいです~!と言いつつ店員の薬指に光った指輪みて、一瞬でその店員の家庭での立ち位置を想像し、店を後にした。

    買ったミニーちゃん時計をしっかりとつけ、試験に挑んだ。


    次の試験はクロッキーで、腕時計なんて全然見なかったのだが、両隣りの人の絵がうますぎたので、落ち込み、一時試験は終わった。

    〜数日後〜

    運よく一時試験は合格したのだが、
    二時試験の小論や面接も惨敗で終え、落ちたと確信していた。







    ~一ヶ月後くらい~

    ~合否発表日前日~3月3日のひなまつり~


    朝、
    渡部aの誕生日でテンションが上がっていたのもあるが、何故か私は羽を持ち、インディアンのかつらをかぶって歌舞伎町を徘徊していた。

    昼からはインディアン姿のまま、豊島園のスケートリンクへ行った。スケートリンクに行くと絶対一人はいる、後ろで手を組みながら優雅に滑るおじさんにやけにからまれ、インディアンだね?!と当たり前の事を言われ、夜は下北沢で牡蠣を食べまくったりしながら楽しい一日が終わった









    ~合否発表当日~



    多分落ちたと思っていたので、心は穏やかであったのだが、発表一時間くらい前から少し緊張してきた。



    トクン‥






    ~発表1分前~




    突然、私の胸の鼓動が秒読みを始めた。




    ドクン、ドクン、ドクタク、ドクタク!


    溶けていない雪の上で転び、iPhoneを落とし


    3‥








    ドクタク‥



    ペットボトルの蓋も落とし、トイレが真っ暗になり、





    2…









    ドクタク…



    スケートリンクで滑った





    1…








    ドク…タ‥ク‥ッッッ!!!











    あ…









    受かっとるわ







    そして今は、毎日それはそれは楽しく愉快な院生活を送っているよ☆



    じゃねバイ!☆

  2. うんこはどこからきたのか うんこは何者か うんこはどこへ行くのか


    大学3年生の夏休み、わたべえと二人で九州一周旅行を計画した。
    レンタカーを借りて10日間で九州を一周しようという車中泊ありの旅だ。旅用の服や小物も買いそろえ、準備も万端。とにかくとても楽しみにしていた。






    旅の始まり



    私達は小学校から一緒で、家も近いが、私はイリナカ駅の方が近く、わたべえはヤゴト駅の方が近い。
    ヤゴトのほうが何かと便利なので、普段の待ち合わせ場所はヤゴトにすることが多い。


    その日も、九州へ行くための飛行機が中部国際空港から出るため、ヤゴトからの方が便利だったのでヤゴト駅のホームで待ち合わせをした。


    私は普段、かなりの遅刻魔だった。
    どんなけ怒られても、待ち合わせ時間に家を出てしまうのだ。これは小学校のときからの癖だった。
    だからわたべえはいつも私と待ち合わせをする時、待ち合わせ時間の一時間前に私に来るように言っていた。

    でもその日は、大丈夫、絶対に遅刻しないから!まじで!と約束をして、普通に待ち合わせをした。



    当日の朝




    わたしは寝坊をした。

    絶対に遅刻しないと豪語していた私は大慌てで準備をし、時間を逆算した。
    歩くと20分、電車は乗ってしまうと1分くらいだがホームでの待ち時間が15分くらいある時がある!自転車だと5分だが乗り捨てれない!車だと混んでなければ3分…



    お父さん、ヤゴトまで送ってくれ!!!


    と夏休み中の父をゆさぶり起こし無理矢理車を運転させ、ヤゴトまで送ってもらった。

    駅前のエレベーター前でおろしてもらい、エレベーターに乗って改札までいき、ホームに走って向かった。


    わたべえがいた。待ち合わせよりはちょっと遅刻したが、時間はぎりぎり間に合った…


    めんごめんご!と軽く謝ってわたべえにちかづくと、わたべえが怪訝な顔をしながら



    くさい!と言った。





    え…?





    くさいくさい、あんた、くさいよ、うんこついてるよ、絶対!




    一瞬戸惑ったが、言われてみれば確かになんかくさい。
    慌てていたため全然気づかなかったが、確実に自分からうんこの匂いがする。


    踏んだのかな、と思い急いで足の裏を見たが、何もついていない。



    絶対うんこついてるって!とわたべえが騒ぐ。



    確かに、キキ(家で飼ってる猫)はたまにうんこをひっつけたまま家の中を動き回ることがある。それで洗濯物の山に寝転んだりしてついてしまったのかもしれない。

    うんこは、ほんのちょっとついただけでくさいもんね。


    どんなけうんこを探してもどこにも見当たらないが、確実に衣服のどこかについていることは確かだったので、わたべえにはホームで待っていてもらい、旅行先で着るはずだった服をスーツケースから出し、駅のトイレで着ている服を脱いで洗った。


    洗った服をビニール袋にいれてホームに戻ると、






    あんた、なんかまだちょっとくさい気がするよ。もうそれ、捨ててきなよ!!




    洗った服を指差してわたべえが言った。



    いやだよもったいない。だいじょーぶだよ!においだいぶ落ちたでしょ?


    うん、確かにさっきよりはましだけどさ、きったないなあ


    だいじょーぶだって。でもどこについてたんだろうねえ


    というような会話をし、ほっとしていたらちょうど電車がきた。

    電車の中は結構込み合っていたが、ちょうど席の真ん中らへんが二人分開いていたので、そこに座った。





    朝から大慌てだったなあ、ふう




    と一息ついて足下を見た。














    image



    足下を見たわたしは、思わずアッと声を上げてしまった。
    このときの私の顔は、梅図かずおの漫画に出てくるびっくりした女の人のようだったと思う。






    こ、これは…






    買ったばかりのハイカットスニーカーの両足の内側側面全体、ほんとに信じられないほどきれいに全体に、べったりと茶色いものがついていたのだ。












    気づいた瞬間、電車の中の人がみんな私のほうを向いている気がした。

    車内の音は消え、クサイ、きたない、なんかクサイ、うんこ、うんこだ、うんこ女…と言う声が頭にコダマし、
    走馬灯のように家を出てから駅につくまでの光景が私の脳内で再生された。
    玄関、駐車場、車、アスファルト、エレベーター、改札、ホーム…

    駅に着くまではほぼドアトゥドアだったし駅にうんこが落ちている可能性も低い

    うんこを踏むはずがない。


    というかそもそもうんこがついてるのは底じゃない。





    側面だ。







    ウンコを両足で、よっ、と挟まないとこんな風につくわけがない。

    一体どこで…?

    無意識の領域でこんな短時間の間にどういうわけで誰の陰謀で何の罰で…?






    ていうか服洗っても意味なかったんじゃん

    こんなけの思い込みでにおいがなくなるなんて人間の脳みそは普段どんなけの現実を騙しているんだろう。

    もしかしたらカレー味のうんこも簡単に食べれるのかもしれない。



    そしてうんこに気づいたとたん、車内がうんこ臭で充満した。


    横に座っているわたべえを見ると、知らない人のふりをしていた。






    うんこがついていると思い込んで、服を洗っていた時間が長かったせいで時間がぎりぎりになり、搭乗するまでうんこを拭き取ることができなかった。

    美人のキャビンアテンダントさんも、まさか自分が上質の笑顔で渡したおしぼりで真っ先に謎のうんこを拭かれるとは思っていなかっただろう。


    結局、超自然的に発生した、なんかのうんこの謎は解くことはできず、大学三年生の夏休みで一番の謎となり、もやもやした気持ちを抱えたまま新学期を迎えることとなった。





    うんこはどこからきたのか
    うんこは何者か
    うんこはどこへ行くのか



  3. 銀色のやつ


    中学二年生の秋、わたしたちは学校の行事で、稲武に合宿に行った。
    
ハイキングや飯ごう炊さんをしたり、夜はキャンプファイアーをしながらの各クラスごとの出し物を見たり、肝試しをしたりする、イベント盛りだくさんの合宿だ。

    お世話になる合宿所は新しく、広い老人ホームのような施設で、食堂の水道からは、薄い茶色の液体がでる。
お茶がでるのだ。そのお茶がとてもまずい。鉄管を通ってでるからか、血の味がするし、茶葉の味自体が究極に薄い。それを、毎朝各自持参した水筒にいれて、一日の行動をしなければいけないから最悪だ。



    一日目の夜、


    わたしたちは、夜の肝試しやその他のイベントで、集団行動ができず、態度が悪かったとのことで、生活指導の先生達三人に呼び出され、畳の部屋で正座をさせられこっぴどく叱られた。
普段からふざけることが多く、先生に、学校のブラックリストに入っているからな、と言われてしまうほど先生達から怒られることの多かったわたしたちは、少しでも羽目を外しそうになると、必要以上にお説教をされる。せっかくの合宿なので、もうなるべく怒られたくないし、大人しくしようと誓った。


    いそいそと部屋に戻ると、もうみんなバスタオルを部屋に干して寝る準備をしていた。
泊まる部屋は、男女別で2クラス合同で、各部屋40人くらいづつ入る大部屋だ。
部屋の壁から壁へ縦横無尽につられたワイヤーに、その日お風呂で使った40人分のミニタオルやバスタオルが干してある。まるでモンゴルかどこかの国のテントの中みたいだった。
みんな、夜は寝ない。とか言っていたくせに相当疲れたのか、ぱたぱたと眠っていくので、私も布団に入り、目をつむった。
ピチョ、と何かが顔に当たった。
重さに耐えきれず、顔ギリギリのところまで誰かのタオルがきているのだが、ちゃんと絞れていないのでポタポタ水滴が落ちてきているのだ。気にしない気にしない寝よう寝ようとするほどピチョピチョしたたる水滴が気になり、周りを見るとみんな気持ちよさそうに寝ているのでだんだんいらいらしてきた。
    いらいらしているうちにだんだんお腹が痛くなってきて、みんなを起こさないようにトイレへ行った。何回かトイレへかけこんだが耐え切れず、保健室のおばさんの寝ている部屋へ行き起こし下痢止めの薬をくれと頼んだが、子どもは薬にたよっちゃいかん!と帰され、さらにいらいらしながら、サヤカちゃんを起こした。
    サヤカちゃんは薬剤師になるのが夢で、いつもいろいろな薬を持ち歩いている。オススメの腹の薬を処方してもらい、安心して一瞬寝たが、一時間後、さらに下痢が止まらない。よくよく見るともらった薬は、便秘薬だったのだ。
すやすや寝ているサヤカちゃんを呪いながら、一人でトイレに駆け込みつづけ、げっそりして朝を迎えた。





    2日目の朝、


    昨晩こってり叱られたこともすっかり忘れ、
朝の集団レクリエーションをさぼって、サエちゃんとユキちゃんとわたしは大部屋でだらだらごろごろしていた。
みんながそろそろ戻ってくるかなっていうその時だ
。

    ガコン!

    
という音とともにベチャっと私たちの頭に何かが降ってきた。
あっという間に、干してある部屋中のタオルがドミノ倒しのようにべちゃべちゃとおちはじめ、ミニタオルとバスタオル合わせて80枚くらいあるタオルがワイヤーごと全部床に落ちた。
瞬時に私たちは、やばい、と顔を見合わせた。先生にばれたら、さぼってる上にまたおおちゃくなことをしたと怒られるに決まっている。
すぐに原因を探ると、換気扇の蓋が床に落ちていたので、ワイヤーを引っ掛けていた換気扇の蓋が重さに耐えきれず外れたのだということがわかった。
ユキちゃんが廊下を偵察に行き、
もうすぐみんな戻ってくる!早く!!と言った。 
落ちた換気扇は蓋が外れただけではなく、ぶっ壊れていた。蓋の周りに、白い羽と、部品だと思われるいろいろな形の白いやつが何個か、そして一つだけ丸い銀色やつが落ちていた。急いで換気扇にはめようとしたが、なぜか銀色のやつだけしっくりハマる場所がない!とにかく急いでいたので換気扇の中の適当なスキマに押し込んで蓋をした!ワイヤーを元にもどしタオルを急いで干し直し、みんながぞろぞろ戻ってきた!





    間に合った‥




    安心して、
野外オリエンテーションへ行く支度をしてから、朝食ついでに茶を入れるために水筒をもち、食堂へ行こうとしたそのときだ。




    ギャ〜




    という叫び声が聞こえた。振り向くと、クラス委員のマツヤマさんが、銀色の水筒を持って騒いでいる。
どうしたのって聞くと、

    水筒の底が無い!なんでか無い!と泣きそうになっている。


    見ると、確かに底が無く、筒抜けだった。




    わたしたちは顔を見合わせた。





    換気扇の中にキラッと光る銀色のものが見えた。





    水筒の底が外れるなんて聞いたことないし、なぜ外れたのかもわからない。
タオルだって、わざと落としたわけじゃない。



    でもなんとなく、さぼっていたこと、タオルが落ちたこと、換気扇がぶっ壊れたこと、そして、マツヤマさんの水筒の底が、換気扇の中に入っていることは、秘密にしておいた。




    笑いをこらえながらマツヤマさんを見ると、
    
お茶がいれれない!
と叫んでいた。

  4. ご用心、満月の夜に何かがおきそう

    東村あきこの漫画、 ママはテンパリスト がめちゃくちゃおもしろいのでおすすめです。

    作者東村アキコとその子供、ごっちゃんとのやり取りが描かれている育児エッセイ漫画なのですが、漫画家の母やアシスタントたちに囲まれて成長していごっちゃんが、おばかでかわいくておもしろい。

    これを読んで、レンくんを思い出した。

    レンくんは、私が学生の頃から、卒業してからの一年目まで、4年間働いていた服屋の店長の息子だ。

    店長はよく、レンくんをお店に預けておくので、レンくんと遊びながら店番をすることがよくあった。

    初めは五歳でかわいかったレンくんも、私達や周りのお店のお姉さんにかまってもらいながらすくすく成長し、私がお店をやめるころには、生意気に名古屋弁を喋る小3男子に成長していた。

    そんなレンくんの懐かし話。

    バイト先の小僧、レンくんは、7歳にしてポケモンマスターという名のオタクであった。

    普段、ポケモンしりとりをやらされたり、ポケモンごっこをやらされたり、ポケモンカードの仕分けをさせられたり、DSのポケモンをやらされたり、レンくんに有利なルールになっている想像ポケモンカードゲームをやらされたり、ポケモンの話を聞かされたり とりあえずポケモンが大好きな小学生なのである。

    その日も、ピカチューのTシャツを着ていたので、 かっこいいじゃん!とお世辞を言ったら、さらに下にもピカチューのタンクトップを着ていて、見せびらかしながらいつものようにポケモン話を熱烈にしだした。

    伝説ポケモンと、ナナカマド博士の研究について。

    しょうもないオタクである。

    自分も同じくらいの歳のころ、セーラージュピターが好きだったことを思い出した。本気でセーラージュピターになれると思っていた。

    レンくんに聞いてみた。

    私:レン君は大きくなったらなりたいものとかあるの?

    レン:あるよ!

    私:ポケモンマスター?

    レン:はぁ?なれるわけないが!!

    (最近の子は現実的である。)

    レン:いや、ポケモンはもちろんおるよ!!

    (ぷぷ・・やはりまだこどもだな。)

    レン:でも、 現実ではボールがないんだよ!!だから、なれるわけないんだ・・

    (そこかいーーー!)

    とつっこみながらも、かわいかったれんくんは、もう小学校高学年で、身長が150センチ以上あるらしい。

    今はどんな遊びをしているのだろうか。

    今日は友人に赤ちゃんができ、急な結婚祝いで、愛知に帰ってきています。

    もうすぐ母親になるお祝いに、ママはテンパリスト一巻と、パン焼き機、そして返しづらいわ売りづらいわ捨てづらいわどうにもしづらいわだった、高2の時から10年越しで借りパクしていた一回も読んでいない

    みどりのマキバオー16巻〜終わらない!!〜(このかんが1番感動するらしい)

    と、大マジに貸してくれた、

    大マジ三人組〜ご用心、満月の夜に何かがおきそう!?〜

    を、どさくさに紛れて返してしまおうと思う。 プレゼントといっしょに、ぶちこんでおけば問題ないだろう。

    しまどん、ご結婚おめでとうございます。

  5. ゴブリン、ミキオ、いっちゃん 。さらば大学の三人のおじじ

    大学にいた三人のおじじの話

    《いっちゃん》
    小、中、高、と学校が一緒だったわたべえをのぞいて、大学に入学して一番最初に仲良くなったのがいっちゃんだ。
    いっちゃんは、毎朝、駅から大学に向かうバスの停留所にいて、発車するバスに手を振り、いってらっしゃい。と見送る仕事をしているじいさんだ。
    毎朝停留所で話をするので、私もわたべえもいっちゃんとすっかり仲良くなった。休み明けには旅先のお土産を二人分くれた。
    だんだん私の遅刻が増えてきて、午後から一人で通うことが多くなるとあまりいっちゃんと会えなくなった。たまに会えると、もう1人の子はちゃんと早く来たよ!と怒られた。

    久しぶりにいっちゃんに会ったある日、今日は早いね!といいながら、中国のお土産をくれた。

    カエルみたいな形の陶器のお香入れと、お香だった。二人で分けてね!と言った。

    分けずらいなあと思った。

    いっちゃんは、たぶん私の名前を知らない。


    いっちゃんはいま、どうしているだろう。


    《ミキオ》

    image
    入学して二番目に仲良くなったおっさん、それがミキオだ。
    元気でうるさいミキオは、駅から大学までのバスの運転手をしている。
    とにかくお調子者なので他にもたくさん乗客がいるのに
    ようこちゃん、席、座れましたかあ?
    と名指しでアナウンスしてくる恥ずかしやつだ。

    帰りのバスで、

    いいものあげるよ!ちょっと待っとって~!
    と言われたので停留所で待っていると、よれよれの赤いジャージ上下を走って持ってきたことがある。息子が部活で来ていたジャージだという。全くいらない代物だ。

    ある日の通学時、わたし以外誰も学生が乗っていない時があった。

    はい!本日もお乗りいただきありがとうございます!今日はカラオケ大会です!

    とアナウンス用のマイクを渡された。
    ミキオが大音量でジェーポップを流しながら運転する車内で私は一人、選曲された曲を熱唱し、バスは走った。
    大学につき、ドアが開いてバスを降りた。その瞬間
    「76点!76点でした~!」
    というアナウンスが外まで響いた。

    回送のとき、ミキオは毎日1人でカラオケをしているのだろうか。

    ミキオはいま、どうしているだろう。


    《ゴブリン》

    image
    大学で、夜遅くまで制作していて、だいたい22時あたりになるとゴブリンがやってくる。

    ゴブリンというのは、警備員の一人で、学内に残っている学生を追い出し、施錠をしにくるじいさんだ。顔がゴブリンぽいので、キーマスターのゴブリンと呼ばれていた。


    ゴブリンは追い出そうとするくせに、無駄話が好きだ。だいたい無駄な話ばっかりなので、はいはい、じゃ、お疲れ様~といったかんじで話半分に普段なら帰るのだが、その日の自分の機嫌がよかったり普段より優しい気持ちの時は、こちらの気も緩んでしまう。そうなると、すかさずしめたとばかりにサラの話をして くる。
    サラというのは、オーストラリアから留学をしにきていた女の子で、もう帰国しているが、ゴブリンの家に何回も遊びにきたこともある、孫のような存在らしい。
    携帯にはサラの上目遣い上半身アップの、やけにセクシーな画像が保存されており、すかさずサラの画像を見せてくる。そしてさらにこちらの気が緩んでいると、すかさずサラに電話をかけだす。そして、いいと言うのに、こちらの耳に電話をむりやり押し付けてきて喋って喋ってとやってくるのだ。
    うんざりしながら受話器に耳を傾けると、明らかに現在使われていないアナウンスが流れる。つながっていない、とゴブリンに返しても、ハロウ?ハロウ?と電話を続けるゴブリン。それを尻目にそそくさと帰る私たち。


    そして翌日も、翌々日も、いつも通りの時間にゴブリンはやってくる。


    たまにしわくちゃの飴をくれるゴブリン


    たまに違う外人の写真をだして、サラと言うゴブリン。


    何回も電話をかけるゴブリン。


    しつこいくせに、私たちの顔覚える気ないゴブリン



    ゴブリンはいま、どうしているだろう。



    ゴブリン、ミキオ、いっちゃん


    さらば大学の、三人のおじじ

  6. 黄色い気球とばんの先生

    このブログは、忘れたくないこと、忘れられないことをいろいろ書きしるすために始めました。

    一回目は黄色い気球とばんの先生の話にしようと思う。

    私の親しい友人は、何度もこの話を聞かされるわりにたいしたことないくどい死ねと思っているかもしれない。

    でもこの話は、私の今までの人生のなかで大切な思い出のひとつなのでここに書き記しておきます。

    わたしはヤゴト小学校のいちねんいちくみに入学した。

    校訓は、

    「明るく 強く、品高く」

    担任は太田先生である。

    50代くらいの年配の先生で、ショートヘアー。

    かけると目が大きくなる、色のついた眼鏡をかけている。

    怒ると、人差し指を頭の横に当てて、つのが生えるぞ~~ってゆうのが口癖で、汗っかき。いつも白いブラウスの下からブラジャーが透けていた。

    ばんの先生はとなりのクラス、いちねんにくみの担任の先生だ。

    ばんの先生は若い。

    いつもポロシャツにジャージのパンツをはいてる。

    トランプの手品が得意で、背と鼻が高くておこるとこわい先生だ。

    にくみの友達から聞く話によると、怒ると生徒の鼻をつまみ持ち、そのまま自分の目の高さまで持ち上げてやくざみたいな怒り方をするらしい。

    ある冬の日、生徒達にとってびっくりするできごとが起こった。

    ばんの先生が突然頭を丸刈りにそってきたのだ。

    小学生にとってそのつるんとした頭は見慣れないものであり、「はげ」は小学生にとって最高におもしろいネタだった。

    雪が降った寒い冬の日、全校生徒が運動場に集まって行われる毎朝の集会の前、こどもたちは、はげー!っていいながらばんの先生の頭に雪玉を投げつけた。

    その日からだった。おこると怖いばんの先生が生徒にいじられるようになったのは。

    あまりにばんの先生の頭をみんながいじるので、全校集会で校長先生がばんの先生の頭をいじらないようにって全校生徒に呼びかけたことがまた生徒達のネタになった。

    そんなばんの先生の髪の毛がほんの少し生えてきていたとき、青くて地球がついてるみたいだなあって思っていたときだ。わたしが忘れたくても忘れられないできごとが起こった。

    それは「がんせきえん」で起こった。

    「がんせきえん」は校舎の二階にある。

    教室と職員室の間の廊下の横にある、屋外になってる空間だ。

    床はピンク色のタイルでできていて、金魚やタニシのいる緑色の池や、黄色いパラソル付きの四角いベンチ、一階に続く赤い非常階段がある。

    男の子達は池におしっこをしてやった!って騒いだり、女の子は非常階段で「ぐりこ」をしたりして遊んだ。掃除の時間にカナちゃんに、ミートソーススパゲッティのげろの味のする歯磨き粉の話と弟の作ったしもやけぴゅるぴゅるという歌を聞かされている時に、今まで考えても見なかった自分の名前にはっとさせられるのと同時に自我がズドーンどばばばと体にぶっささってショックを受けたのもがんせきえんだ。

    その日、廊下を歩いていたらがんせきえんの入り口から人があふれているのが見えた。大きい学年も小さい学年もみんな集まってなにやらみんな騒いでいる。

    行ってみると四角いベンチの黄色いパラソルの上から、黄色い気球がいままさに飛び立とうとしているところだった。

    気球には地球の頭のばんの先生がのっている。

    こどもたちがわーわー騒ぐ中、ついにばんの先生を乗せた気球は飛び立った!

    みんながんせきえんから、非常階段から、手を振った!

    私も興奮して手を振った!

    ばんの先生さようなら!

    ばんの先生さようなら!

    ばんのせんせい  っ  おげんきでーーーーー!!!!!!!!!!!!!

    その後のことはなにも覚えていない。

    その記憶は当たり前の思い出としてずっと覚えていたのだが、2年後くらいの小学校の朝の全校集会のとき、前に並んでいるフクシマアヤちゃんに、こんなことあったよねえってくらいの軽いのりで話した。

    フクシマアヤちゃんは笑ってこう言った。

    「黄色い気球が学校に来たのはおぼえてるけど、ばんの先生はのってなかったよ~~」

    それからまた小学校六年生の卒業式の時、幼なじみのユキちゃんに、こんなこと、あったよね?って少し慎重に話した。

    ユキちゃんはそっけない調子でこう言った。

    「黄色い気球はこなかったけど、黄色いパラグライダーは来たよ。」

    黄色い気球とばんの先生とパラグライダーと

    小学生だった私たちのはなし。